PRESIDENT MESSAGE

今月の社長メッセージ

ダメ人間と思っていた自分が、前に出られるようになった切っ掛け

だいぶ以前のことですが、ある友人と久しぶりに会った時、「ヨッチン、今、社長しているんだって?!」と驚かれたことがありました。事実、私の学生の頃を知っている人から見たら、考えられないことのようでした。

実は私は、小学生の時から目が悪く、度の強いメガネを掛けていたのですが、ある時、ソフトボールを受け損なって顔面に当たり、メガネを壊したことから、球技は勿論、スポーツが嫌いになりました。その上、音感もダメで、歌を歌えば聞くに堪えないと言われ、字を書けば判読不明と言われ、これと言って良い所のない中・高校生で、よくいじめられました。

当然、人前で話しをすることは出来ず、成績も中の下をさまよっていて、友だちも少なく、同級生にはバカにされ、孤独な子ども時代でした。そんな状態でしたから、今まで同窓会があっても、ほとんど参加したことがありません。

そんな私が、会社の経営者となり、日本を美しくする会の会長となり、掃除の指導で海外まで行くとは、夢にも思わなかったことです。しかし、今思い返すと、人生の転換点となることがありました。

それは、高校2年生の時のことです。経済原論の授業の時、高齢のS先生が、一所懸命に授業をされるのですが、生徒たちは先生を小馬鹿にしたように、おしゃべりをする者、寝たふりする者と、私はその場にいるのが居たたまれない状態となり、自分が無視されているかのような怒りがこみ上げてきました。

しかし、私に出来ることは、ただただS先生の講義を真剣に受けることだけでした。そのうち、先生は私に向かって笑顔で会釈をされ、私の顔を見ながら授業をされるようになりました。

先生の笑顔を見ていて、そうだ、ダメな自分でも人に喜ばれることが出来るのだと思った時、嬉しくなってきました。そこから、私の人生が好転し始めました。

そしてその後、S先生から担任を通じて、日本大学商学部に学校推薦が出来るので行かないかと言われました。しかしながら、私の成績は平均以下でしたので、推薦であっても大変難しい状況でしたが、なんとS先生と担任の先生が中心になって、素晴らしいほどの内申書で申請してくださったのです。

その結果、日大商学部三島に無事合格、入学式では新入生代表として挨拶をすることとなりました。その上、学生会の会計担当、新入生の入る寮の寮長にまで任命されてしまいました。これまで人前に出ることも話すことも大の苦手だった私には、本当に死ぬような日々となり、挨拶の途中で話が出来なくなり座り込むようなこともありました。そして、学期末の試験では、本来の成績が出てしまい、逃げ帰りたい思いに駆り立てられる日々でした。

しかし、不思議なことに、どれだけピンチに落とされても、いつも必ず、助けてくれる人が出てきて励ましてくれ、窮地を切り抜けることができました。

今思うに、落ちこぼれのような自分であっても、見返りを求めることなく、自分の出来ることで周りの人たちが喜んでくれることを精一杯やっていると、見えない大きな力が働いて、私を助け、新しいステージに導いてくれました。

本当に不思議なことですが、目先損得を捨てることで、一気に見えない世界とつながって運勢が好転していくようです。